2014年12月17日
有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン2014年版・ドラフトに対して
2014年12月17日
認定NPO法人 日本胃がん予知・診断・治療研究機構 理事会
胃がんは「見つける」時代から「予知・予防」の時代へ
胃がん検診ガイドライン2014年度版ドラフトにおいて、内視鏡検査の推奨と、対象年齢が50歳以上になったことは評価できます。しかし、世界保健機関(WHO)が勧告し、厚生労働省がピロリ菌感染胃炎の除菌療法を保険適用とした、「ピロリ菌感染症対策」に沿ったガイドラインにはなっていません。また、ペプシノゲンとヘリコバクター・ピロリ抗体の併用法による「胃がんリスク検診(ABC検診)」は「胃がん検診そのもの」ではないにもかかわらず、胃がんを見つける画像検査(X線検査・内視鏡検査)と同列に扱われていることで、誤解と混乱を招いています。日本胃がん予知・診断・治療研究機構は、このドラフトの抜本的な再考を求めます。
第一、世界保健機関(WHO)の専門組織、国際がん研究機関(IARC)勧告の無視
2014年9月、IARCが、我が国などからのデータに基づき、ピロリ菌の検査と除菌療法による胃がんの予防を勧告しました。今回のドラフトが、この勧告を無視するのは大きな問題です。
IARCのがん予防実行グループ長のロナルド・ヘレロ博士は「胃がんの主たる原因は、抗生剤で治療できる細菌であることが分かっています。ピロリ菌の感染リスクが高い人々にスクリーニング検査を行い治療すれば、胃がんによる死亡者を減少させることができるだろう」と、述べています。
第二、厚労省が認めたピロリ菌感染胃炎の除菌による胃がん一次予防策への逆行
国立がん研究センター発行のがん啓発リーフレットでは「ピロリ菌に感染している人のうちがんになるのは1.7%」としています。わが国のピロリ菌感染者数は約3,500万人で、胃がんが約60万人に発生します。年齢階層別のピロリ菌感染率は50歳未満で著しく低下し、相応するように胃がんの罹患率・死亡率も50歳未満で著しく低下しています。50歳以上のピロリ菌感染率は70%で、胃がんが高齢者にシフトシしています。新たな対策がなければ、将来、失わなくてよい命が失われ、医療保険が破綻してしまいます。
厚労省は2013年2月にピロリ菌感染症対策として、ピロリ菌感染胃炎の除菌療法に、保険適用を拡大しました。胃がんハイリスクであるピロリ菌感染胃炎が治療できる病気として認められ、除菌治療による胃がん一次予防が全国に浸透してきています。すでに、2000年10月に胃・十二指腸潰瘍に対する除菌療法の保険適用により、罹患数が胃潰瘍は1/2に、十二指腸潰瘍は1/4に減少しました。同様に、胃がん発生も抑制できることは間違いなく、今回のドラフトは、この国策に逆行するものです。これについては、バリウム検診による胃がん二次予防のみを国策として推奨している2013年ガイドラインドラフトに対するパブリックコメントにおいて、「日本の胃がん対策にとって将来の “負の遺産”になる」と批判したところです。
第三、胃がんリスク検診は、「胃がん検診そのもの」ではありません。
胃がんリスク検診は、胃がんの原因であるピロリ菌感染と萎縮性胃炎を診断し、胃がんのリスクを層別化するものです。胃がんを発見するバリウムX線や内視鏡による胃がん検診とは目的が異なり、集団の死亡率減少効果のみで有効性を評価するものではありません。胃がんリスク検診は、肝がん対策における肝炎ウイルス検査などと同様な位置付けにあり、「がん対策推進基本計画」に新たに盛り込まれた感染症としてのがん対策です。
第四、胃がんリスク検診は、すべての検診に組み込める胃がん一次予防への賢い選択
今回のドラフトは、ペプシノゲンとヘリコバクター・ピロリ抗体の併用法、すなわち「胃がんリスク検診」により、胃がんリスクが層別化できることを認めていますので、この「層別化」を胃がん検診に活かすべきと考えます。
未感染者をも含めた50歳以上に一律なバリウムX線検診や内視鏡検診を推奨していますが、リスク層別化を行わずに胃がん検診を行うことは、倫理的、道義的な問題だけではなく、我々の試算では費用対効果の面で莫大なマイナスとなります。また若年層への胃がんリスク検診は偽陰性が少なく良い適応です。そしてピロリ菌感染率が低下している若年層の除菌治療は、胃がんをはじめすべてのピロリ菌感染由来の疾患予防に有用かつ費用対効果も高く、これからの胃がん対策として、ぜひ推奨すべきものと考えます。
第五、胃がん検診の際は、がんの有無だけではなく、ピロリ菌感染胃炎の診断が必須
保険診療による除菌治療には内視鏡によるピロリ菌感染胃炎の診断が必須とされている点からも、今回のドラフトで内視鏡検診が推奨されたことは、評価できます。
胃がん検診を1次予防であるピロリ菌除菌療法に結び付けるためにも、胃がん内視鏡検診の際には、がんの有無の診断にとどまらず、内視鏡所見に基づいたピロリ菌感染胃炎診断(現感染、既感染、未感染)を行うことを標準化しなくてはなりません。また胃がんリスク検診に、内視鏡によるピロリ菌感染胃炎診断を併用することで、ピロリ菌感染診断の精度が上がります。その上で、ピロリ菌現感染者には除菌療法を行い、既感染者とともに生涯にわたり、胃がん検診や診療での内視鏡検査でフォローアップする体制を作るべきです。そしてピロリ菌未感染者は、逐年の胃がん検診の対象から除外すべきです。
2014年版ガイドラインを作成するにあたり、日本の胃がん対策推進に向けて、WHOの勧告や、厚労省、がん対策推進協議会及びがん検診のあり方に関する検討会等の関係機関での十分な検討もふまえ、従来の 2 次予防に限定した検討だけでなく、1次予防や診療における予防的な介入を見据えた、「感染症としての胃がん」対策に留意されることを、強く望みます。
参照
1.International Agency for Research on Cancer. Helicobacter pylori eradication as a strategy for preventing gastric cancer; IARC Working Group Report Volume 8. IARC. Lyon. 2014.p.1~190.
2.胃がんリスク検診(ABC検診)マニュアル改訂2版-胃がんを予知して,予防するために-、認定NPO法人 胃がん予知・予防・治療機構編、南山堂東京、2014.p.1~233.
3.胃がん検診リーフレット 「胃がん検診」受けていますか 早期発見 早期治療で、胃がんは今や「治るがん」、独立行政法人国立がん研究センター がん予防・検診研究センター検診研究部http://canscreen.ncc.go.jp/ippan/pdf/igan_110511.pdf