2016年03月03日
第2回 胃がんリスク検診フォーラムの報告 ~その3
見えてきたこれからの胃がんリスク(ABC)検診の方向
―東京都目黒区の事例から―
認定NPO法人胃がん予知・診断・治療研究機構 伊藤 史子
(元目黒区健康推進部長・保健所長)
【要 旨】
東京都目黒区は平成20年度(2008年)に胃がんリスク検診を採用し現在も実施中である。検診開始から既に8年が経過し、実績からその効果を確認し、さらにその間の医学医療の進展や胃がんリスク検診を取り巻く環境の変化の中で現れた課題等を検討した。
まず始めに、胃がんリスク検診について基礎知識を共有した。胃がんリスク(ABC)検診とは、血液中のピロリ菌抗体(Hp抗体)とペプシノゲン(PG)の2項目を測定し、基準値に基づく陰性・陽性の組合せから胃がんになりやすいリスクをABCDに4区分し、区分毎の事後措置を示すものである。従って直接胃がんを見つける目的で行われる胃がん検診そのものではない。リスクのある人がさらに上部消化管内視鏡による精密検査を受け胃がんの有無を確認することで胃がん検診を受診したことになる。胃がんがなくてもピロリ菌感染胃炎があれば発がん物質であるピロリ菌除菌を保険で受けることができる。
目黒区のリスク検診の結果は、日本の約80%と言われる検診現場で採用されている測定法と判定基準値を基にしたものであり他の多くの実施機関にも参考になると思われる。
目黒区の5年間の成績をみると、従来のX線法に比べて胃がん発見率は4倍、発見された胃がんの早期率は4.3倍と高く、一時検診の直接経費は財政の決算ベースで計算すると、胃がん1件当たりの検診コストは、X線検診の12分の1(約180万円)で極めて効果的効率的な検診であることが明らかになった(表1)。
区のリスク検診開始当時に比べ、その後多数の自治体・企業・健保組合でもこの検診が採用されている。多数の人々が内視鏡の精密検査を受けると同時に、臨床の現場では胃がん患者の中でA群からの胃がん発生があることが問題となってきた。一方、B群の中にも急激に進行する胃がんがあり、フォローには個別対応が必要なことが分かり、フォロー間隔の見直しもおこなった。そのため、精検医師の指示によりフォローの時期を決めることとした。また、2,013年のピロリ感染胃炎に対し健康保険で除菌ができるようになり、リスク検診に馴染まない除菌経験者をE群として対応を明確にした(図1)。
今リスク検診で一番の大きな課題は、A群中に紛れ込んだ胃がんリスクがある偽A群への対応です。集団検診の中で如何に対応するか答えが求められている。このため、目黒区のリスク検診データベースを用いて偽A群の特性を調べた。A群の中で問診上除菌歴のわかる者を抽出し、除菌歴のない者A群と比較すると両群には明らかな違いが認められた。集団中に見られる特徴は、除菌によって変化するのはHp抗体のみで、ペプシノゲン値はどの項目にも変化が見られなかった(表2)(図2)。
データベースの解析から、臨床の現場でHp抗体3以上10U/mL未満(陰性高値)の領域で胃がん発生が報告されているが、本解析でも集団検診で偽A 群を拾うにはHp抗体価3以上が妥当との結果を得た。また、Hp陰性高値の出現率は高年齢程高まった(図3)。
【今後の方向】
1. 目黒区の検診集団ではHp抗体価陰性高値群(3以上10U/mL未満)の出現率は、除菌者を除くA群の11.3%、全受診者の7.0%で、年齢と共に高くなる傾向があった。
2. ピロリ菌(Hp)抗体価陰性高値群を胃がんリスク検診の精検対象に加えることが必要である。
3. 検診で「偽A群」を極力減らすため、問診で除外するかE群として医療管理が大切である。